アラフォーがお金持ちになるためエンジニアになったブログ

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【道草】10年ぶりにゲイバーのママである父にあった話

どうも、アラフォーまきのです。




今日はめっちゃどうでもいいんですが、10年ぶりにとーさんに会いに行ったのでそのことでも。



父はゲイバーのママ


Twitter、インスタ、はてなのbioにかいてるんですが、私のとーさんはゲイバーのママです。





私が生まれる前からその界隈でお仕事をしてたみたいです、多分。





私の小学校の入学式には、ラベンダーカラーのダブルスーツで颯爽と登場するような人ですw



幼稚園の頃から、とーさんは夜のお仕事をしているんだとわかっていたし、小学校の頃になると、オカマと仕事してるんだってことも理解できてました。




それに対して別になんとも思わなかったです。
いやでも好きでもなんとも思わない。




よくある「それが普通だったから」ってやつですね。




昼過ぎに起きて、支度して、オールバックにド派手なシャツやスーツをバシッとキメたとーさんは、とってもかっこよかった。




ゲイバーのママだということを理解したのは、私が中学か高校くらいのときだったかなあ。




多感な時期と言われますが、「ゲイバーのママ」だからという理由でとーさんに反抗したことは、1回たりともありません。



普通に反抗期としてとーさんを無視ったことはありますけどねw



ある日、全てが面倒になった


とーさんのお店ではショータイムがあります。
おかまちゃんたちが、ダンスや色々なショー(意味深)を見せてくれるんですが、それに使う音楽を私が編集することがありました。




あと、DMもやってましたね。
年末年始のご挨拶だったりを、PC-9800とでっかくて遅いプリンターで1枚1枚印刷するとかw




私が小学生後半〜中学生くらいです。




でも、そうやってお手伝いすると、焼肉に連れて行ってくれたり、お小遣いをくれたり、私としてもいいことがあったので、お願いされれば何の気なしにやってきていました。




ところで、突然ですが、私バツイチです。
18歳で11個上の方と結婚しましたが、まあ御察しの通りうまくいかず、だいたい3年後に離婚しました。




この時の旦那さんは、残念ながら褒められたような人ではなくて。
細かいことはまた後日UPすることがあるかもですが、DV・パチンコ常習の、本当に本当に残念な方でした。




そんなこんなで、特に20代前半は自分自身をすごく消耗していた時期でした。




離婚した後、とーさんからショータイムの音楽編集などを依頼されたことが何回かあったんですが、あるときふと、「家族ってなんて面倒臭いんだろう…」という気持ちが湧いてきました。




もう何もしたくないし、面倒臭いから関わりたくない、と。



そして一切連絡しなくなった


とーさんは私のことをとっても大事にしてくれていました。




それでも、いろいろ疲弊してもうどうでもいいと思った私は、とーさんからの連絡に次第に答えなくなり、10年くらい前にはもう一切応答しなくなりました。





いろいろ話しすぎちゃうのもアレなんですが、私には年子の妹がいたんです。



が、私が25歳の時他界。




だから、とーさんはそれまでよりずっと私のことを大事にしてくれていたし、気にかけてくれていました。




しかも、気にかけるからといって全くしつこくせずに。




それでも当時の私ってば


「頼むから関わらないでくれ面倒臭い!」
「家族!?家族って一体なんだよ!?意味わかんね!!」


という感じでw




さらに、さすがに直系の家族で一番若い妹が、一番先に逝ってしまった事にとーさんはひどくショックを受けていて、だんだん気持ちも病んでいってしまいました。




私も、とーさんも、理由は色々ですが各々心が疲れ切ってしまい、でもだからこそ私はとーさんに寄り添うべきだったのだろうけれど、到底そんな風に考えられなかった。




心療内科からもらった薬でぼんやりしてるとーさんを見ていて、「オールバックでかっちり決めてたあのとーさんはもういない…」と無意識に思ったのでしょうかね。




一切関わらなくなりました。




電話も出ない。折り返しもしない。
メールやショートメルにもアクションしない。





完全無視。


今回なぜアクションを起こしたのか


今から3年前の2016年のある日、「月曜から夜ふかし」を見ていたところ、なんとまさかのとーさんが!!!




ほんっとにびっくりした!!




とーさんは、「月曜から夜ふかし」の街頭インタビューにこたえていました。






実は、その年に尿路結石になったことがきっかけで、いろいろ変わっていくことになったんです。



↓今読み返すとなかなか恥ずかしいし…怪しいこと書いてるけど…w

www.arafo-enjineer.net



それからというもの、事あるごとにとーさんのことがきになるように。




そして…

・今年の6月に無事侍エンジニア塾を卒業できた
・webサービスのリリースもとりあえずできた
・エンジニア()ながら、お仕事までいただくことができた
・心が1段だけ大人の階段を登った
・やりたいことはやっていい、やりたくないことはやらなくていいとはっきり認識できた
・以前の自分とは明らかに心持ちや自信の持ち方が変わった
・なんか今連絡しなければならない、そんな気持ちになった

といった理由から、先月10年ぶりにとーさんへ連絡したのでした。




正直、10年なんのリアクションも返さなかったのだから、とーさんが応じてくれるかどうかとっても不安でした。




とーさんなら、決して私からの連絡を無視することはないとわかっていたけれど、人は変わるから。




本当に怖かったし不安だったけれど「きっと今なんだ!」と思い切りました。


10年ぶりの父


とってもレトロな、とある喫茶店でとーさんと待ち合わせしました。




とーさんには3人の妹がいます。
私からしたら叔母ですね。





そのうち一番上のおばが、いつもとーさんと一緒に過ごしているので、この日はおばもきてくれました。





10年ぶりにあったとーさんは、だいぶ太ってましたw
おばは変わらず。でも、父方のばあちゃんにそっくりだ…とひっそり思ったりw




とーさんは、あの後も心の病はよくなっておらず、今も病院に通いながらゆっくり過ごしているとの事。





妹が逝き、私も音信不通になり、心の拠り所がなくなってしまったのがとっても大きな原因だったと思います…ごめんね、とーさん…。





でも、ちゃんと生きてた。
とっても安心したし、連絡してよかった!と本当に心から思いました。




とあるSNSならとーさんも使えることがわかったので、今はそれを毎日更新しています。



そうすると、とーさんが「いいね」やコメントをくれるので、私もそれにかえして…と、直接電話で話すんではないけれど、毎日何かしらやりとりができるようになりました。



それが、今とってもとってもとーーーーーーーっても嬉しい!!


私の気持ち

私はそもそも自分に借金があって、収入も乏しい状態なので、とーさんを充分に支援するのがまだまだ難しい状態です。




でも、叔母に話を聞くとやはり金銭的に苦しいみたい。
とーさんが太ったのは、お金があるとつい食べ物に使っちゃうからみたいで、お金の管理は叔母がしていると言ってました。




叔母は、昔からとーさんのお店のチーママみたいな感じで、何をするにもとーさんの近くにいました。




でも、思ったんです。
叔母が最終的に自分で「やる」ときめて、とーさんと一緒に過ごしているのだとしても、それでも叔母は叔母でとーさんではない。




叔母自信、もっとやりたかったことがあるんじゃないかな?




いま、とーさんのそばにいられるのが叔母しかいないから、叔母はやりたいことも我慢して、大変な思いをしてるんじゃないかな…。





私は「やりたいことはやって、やりたくないことはやらなくていい」ということを理解できたからこそ、「叔母のこれまでの人生と、これからの人生って?とーさんのために消費していくだけなんてそんなの変じゃない?」と思いました。




それに、そばにいられる時間は少なかったけれど、とーさんは私や妹を本当に大事にしてくれて、ほんっとうに大好きで、大事なひとだったことを思い出しました。




だから、ちょっとでもとーさんや叔母が生きやすくなるように助けたい!
やっぱりお金欲しい!!
でも本業の方これ以上増やしたらメンタル死ぬ!!!!!
ごめんこれは本当にそうなのごめん!!!




今すぐ私にできることは、「小学生の小遣いかよ!?」程度ではあるけれど支援することと、繋がりを持ち続けること。





情けない気持ちになりつつも、それでも何もせずにいるより、やれることからやるんだ!と前を向きました。





それとそれと、エンジニアとしてもっと力をつけて、できる幅を増やして、自分の借金を返すのはもちろんだけど、とーさんと一緒に美味しいもの食べにいったり、綺麗なものをみにいったり、いろんなことがしたい!





「本業これ以上増やしたらメンタル死ぬとか、その程度か。親なんだからもっと頑張れよ。」と思われる方もいるかもしれません。




そりゃそうだね…w




まあでも、ほら、私は私であなたではないし、あなたはあなたで私ではないし、とーさんはとーさんであなたでも私でもないので、考え方も捉え方も、耐久力も何もかもが千差万別だから、ね。




※追記
ここまでの話に母が出てきていませんが、私が3歳くらいの時に、とーさんとかーさんは離婚しています。


母とは、祖父がなくなり遺産の分配のために探さねばならなくなって、数年前に再開しました。


3歳から30代になるまで一度も会ってません。
私の中ではもはや他人です。
顔も形も声もなんも覚えてなかった。



小学校低学年まで母方の祖父母と暮らしてました。


とーさんはよく会いに来てくれていました。

最後に


私にとって、「家族」など「カゾク」という音以外の何物でもありませんでした。




今もそれは変わりませんが、「とーさん」という存在は自分のモチベーションに繋がりました!




多分、「我輩の辞書に"家族"の文字ははないが、"とーさん"の文字はあるぞ」という感じw
伝わります??w伝わらないかw





実際のところ、業務委託くださった先方のことが大好きで、超尊敬していて、こんな貧弱エンジニア()を使ってくださる恩義に報いたい!期待に答えたい!というのが最大のモチベーションです。




でも今回、自分の意思で、これまでずっと引きずってきた重たい錘を断ち切った結果、とーさんや叔母も含めて、もっと生きやすい人生を歩きたい!という強い気持ちが生まれました。




いくらモチベーションに繋がってても、できないことはできないし、やりたくないことはやりたくないし、やりたいことはやりたいので、そこの軸はまずブラさないようにしっかりとおさえておきたい。




「自分を一番大事にするところから全ては始まる」ってのは、本当なんだなって実感した出来事でした。





今後も、甘っちょろいことばっかりいってどうしようもない私かもしれませんが、頑張ります。